更新日:

2015.9.27(月)

AM11:00

 

●●●●●

      日本の文学 葉隠

   葉隠 漫草                                                                                

■漫草

 

昔の「義により死ぬ」ということは、情の働きにより、志が、そうするように強く求めるからなのです。今の時節では、これを禁じて節操を立てることをよしとしなくなりました。そもそも、義士こそが国の根幹をなすものなのです。今後、このような時代となり、義士を失うことになれば、家の嗣子たる君主は、依るべきものがなくなってしまうことになります。

 

愁いや問題の多い時代に、いくばくかでも、君主を助けるのは、思いを三世に渡らせる義士なのであると思います。それが、禁止のことができて、殉死が行われなくなって、随分経ちました。

 

禁止に從えば、志は満たされず、禁止に從わなければ、それは害だということになってしまいます。その両端の間の1つの道を行きながら、そうした自分を、そのままに、着るものも住むところもなく、生きていないような、とはいえ、いないわけではない、影法師のように、山に分け入り、雲の中をさまよい、その千丈の雲を突き抜けて来てみれば、松林の中、寒さに夢も覚めるような仮住まいの庵があり、そこに過ごしている人を見れば、それが、常朝居士なのでした。

 

常朝居士は、その道を先に行かれた人であり、本当に、敬い申し上げる方なのです。

 

岩の崖を伝い登り、笹の茂るなかを分け入り、こうして、訪ねて来たのは、3月、弥生の初め頃でした。

 

しら雲や只今花に尋ね合ひ

(*雲の中を通り抜けて、今、目の前に、桜が咲いているのです)

 

訪れる人はなく、浮世の世間を離れて、遠い唐土の吉野山にでもきたのでしょうか。発句など、作りました。辺りに行き交うものがあるにしても、その跡だけが残っているばかりです。

 

世は花かこのごろおもき筧なり

(*花の季節になったのか、筧に落ちる雫も、ようやく重くなって来ました)

 

静かな場所で、自分も閑に居られます。体というよりは、心が閑になり、松の樹と草花の花との違いのようなことも分かるような気持になります。

 

濡れてほす間に落ちたる椿かな

(*雫がこぼれ、それが日の光で乾く間に、椿の花が咲き、落ちました)

 

呵々。小気味よいことです。

 

松盟軒主

(*田代陣基)

  寛永7年(1630年)3月5日 *旧暦月日です。
 
 岩波文庫「葉隠」上巻

お問い合わせは、下記「メール」ボタンからお願い致します。             

            

 ホームポータルサイトのご案内

 こちらをご覧ください

      

                  engined by アートコンピュータシステムズ( hpmaster@urtcse.com)